いにしえの神秘家たちに「月の丘」と呼ばれ、多くの人々を惹きつけてきたシントラ(Sintra)。なかでもここに暮らしたマヌエル1世(D. Manuel I)は、この地に遺産を残した。
マヌエル1世は、最初の王妃イザベル(D. Isabel)と結婚すると、早速この離宮(Palácio da Vila)に移り住み、自分の趣味で装飾を施しました。南スペインのムデハル様式(Mudéjar style)に魅了されていた王は、この複雑な建築物の意匠を一新することにし、その結果、16世紀アズレージョ美術の一大美術館が後世への遺産として残されることになりました。
最高の例は、アラブの間(Sala dos Árabes)です。部屋の中央には噴水があり、食事の折には、人々が周囲のクッションにもたれてくつろいだことでしょう。
イザベル王妃の死後、国王は丘の上の修道院に隠棲しました。ここで王は、インド航路発見のために送り出したヴァスコ・ダ・ガマ(Vasco da Gama)率いる艦隊の帰還を、今か今かと待ちわびたのです。
その後19世紀に、女王の夫、フェルナンド・デ・サクスコブルゴ・ゴータ(D. Fernando de Saxe Coburgo-Gotha)がシントラの地に魅せられ、ペナ宮(Palácio da Pena)の建設を命じました。マヌエル様式の装飾がロマンチックな雰囲気をかもしだし、王がその一員だったフリーメーソンのさまざまなシンボル装飾とともに、空間を一杯に満たしています。
以後シントラは、ロマン主義者のヨーロッパ・ツアー一大巡礼地となり、バイロン卿(Lord Byron)をはじめ、世界中から多くの信奉者を集めるようになりました。あなたもぜひ、その目で確かめてください。