1258年、ヴィアナ・ド・カステロ(Viana do Castelo)の創設者アフォンソ3世(D. Afonso III)はこう言った--「余が最も愛する町の1つだ。」
その不思議な魅力からローマ人によって神話の川レトにもたとえられたリマ川(Rio Lima)、その河口の穏やかな水面を見下ろすヴィアナ・ド・カステロは、ポルトガルで最も美しい町の1つに数えられています。
この湾を出発し、大西洋を渡っては砂糖、香辛料、象牙を持ち帰った多くのカラベラ船がもたらす富で、町は豊かになりました。巨大な造船所では「1月に伐って1年寝かせた」松の木から大船舶が作られました。
ヴィアナの名は広く知られるようになり、1574年には貪欲なフランスの海賊船の標的となりましたが、海賊が町を8隻の船団で襲おうとしたところ、住民の反撃にあって退散しました。
この土地の多くの者が、海の呼び声にあらがえず、富と名声を求めて旅立って行きました。例えば、アソーレス諸島(Açores)に入植したゴンサロ・ヴェーリョ・カブラル(Gonçalo Velho Cabral)、アフリカ沿岸を探険したフェルナン・マルティンス・ダ・コスタ(Fernão Martins da Costa)、謎の国コンゴに向けて出発したジョアン・ヴェーリョ(João Velho)、ニューファウンドランドの冷たい水に分け入って、ポルトガル人がタラを食べる習慣を作ったジョアン・アルヴァレス・ファグンデス(João Álvares Fagundes)などです。
航海者の町ヴィアナ・ド・カステロの通りを巡って歩けば、あふれるばかりの美しさに出会うことでしょう。独特の魅力をもった小さなレプブリカ広場(Praça da República)から気持ちのよい堤がのび、蛇行した川がエッフェル(Eiffel)の設計になる鉄道橋と交差しています。航海者ジョアン・ヴェーリョの家の隣には教区教会(Igreja Matriz)が立っています。これもまた、大航海時代の建築遺産として興味深い一例です。
この魅力的で明るく陽気な町には、豊かな伝統が脈々と息づいています。8月15日の嘆きの聖母祭(Festas da Senhora d´Agonia)を迎える時、町は最高のにぎわいを見せます。この祭りは海とゆかりが深く、ポルトガルでもとりわけすばらしいロマリア(Romarias)(巡礼)が見られる機会でもあります。